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若手向けのSF情報同人誌『SFG』を発行しています。webではSFに関する話題やイベント情報などを発信していきます。

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ペンギン+アンドロイド+郵便ポスト=SF-貴基文月『ペングロイド』

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先月、京都水族館に行くことになった。

 

色々と工夫を凝らした展示をやっていて、プロジェクションマッピングで床に水底を投影してみたり、真っ暗なところを行灯で照らしながら見学するルートだったりと、狭い施設内で楽しく見られるよう工夫が凝らされていた。

 

そんな京都水族館で一番有名な飼育動物は、ペンギンだろう。とにかく多い。めっちゃ多い。かわいい。

 

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素人目ではさっぱり見分けがつかないのだが、二色のバンドが翼に巻かれているので、壁に書かれていたペンギン紹介パネルと照らし合わせれば名前がわかるようになっている。みかげくんエサ横取りするな。

 

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というわけでペンギンSFの紹介だ。ペンギンSFといえば森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』大西科学『さよならペンギン』あたりを思い浮かべる人が多いと思うが、今回は商業出版ではなく同人誌から。貴基文月『ペングロイド』である。

 

三種が同じ社会に暮らす、近未来の日本

 

この世界の日本では、労働は人間によるものだけではない。人型の汎用アンドロイドが開発され、公務員、民間を問わず仕事に就くようになった。時を同じくして、理由は不明だが高知能化したペンギンたちが生まれ、彼らもまた一部の仕事を担っている。社会は人間、アンドロイド、ペンギンの3種類で成り立っているのだ。

 

物語は片田舎の郵便局から始まる。主人公は知能レベル5(人と同等ないしそれ以上)と判定された望月憂(ペンギン)。筋肉マニアの上司(人間)に営業ノルマを詰められながら、仕事はそつなく、それなりにこなす。

 

そんな郵便局に、新人が入ってくることになった。早速OJT要員として割り当てられる望月だが、彼が担当することになった新人は、個人開発のアンドロイド・深海青(女性型アンドロイド)だった。

 

青は心を理解する目的で社会に出たアンドロイドで、オーナーの趣味が反映されたせいで尋常でなく口が悪い。上司と後輩に振り回される望月は、はてさてどうなってしまうのか……!

 

物語全編を通してノリが良く、軽快な文章で展開されている。アンドロイドはともかくとして、ペンギンまでが社会に溶け込んでいるという設定も奇抜ながら、その設定を十二分に活かしたキャラクター付けがされていることにも注目したい。

 

それでいて、全体を通して描かれるテーマはグッと重く、しかし悲壮感は感じさせない。この辺りをもう少し詳しく書いていこう。

 

仕事を続けるか、夢を追いかけるか―

 

主人公の望月は、三日月町郵便局の外勤担当。外勤の基本業務は郵便配達だが、それに加えて保険や年賀状の営業も行なっている(営業成績は局内でトップらしい)。郵便局を管轄する郵政公社は、特殊法人としていち早くペンギンを受け入れており、望月もそれを見据えて就職を決めた。

 

しかし、彼には夢があった。いつかバンドのドラマーになることを夢見ているのだ。郵便局の仕事はいずれ夢を掴んだ時までの仕事と心に決めつつ、日々の業務に追われて、音楽活動に使える時間もわずか。時々デモテープを事務所に送っては、返ってこない返事を待ちわびている

 

一方、深海青は心を理解するため、郵便局での勤務を始めた。さすがにアンドロイドだけあって、配達業務では優秀な成績を出す一方、客商売は苦手なようで営業には大苦戦。しかし、心を理解するには営業が一番ということで、彼女は営業成績トップの望月家に押しかけ、成り行きで同棲することになる。

 

望月というキャラクターには、結構な数の人が共感するのではないだろうか。仕事は忙しく、夢はあってもまだ遠い。将来について考える頃合いになってきたものの、まだ決断できないでいる。

 

物語を通して描かれるのは、彼が夢とどのように向き合い、そして自分の人生(鳥生?)にどのような決断を下すかというテーマである。その中で変化していく青との関係性は読みどころだ。

 

弱くても、前を向いて生きていく

 

本作に登場するキャラクターたちの多くは、弱さを抱えている。その裏には、三種が共存して生きている社会特有の歪みが存在している。

 

知能レベルが足りず、単純作業の職しかないペンギンたちは、アンドロイドの台頭でその職すら失う。人鳥憲章によって権利が保障されているものの、保障内容は不十分だ。後半は、そんな格差の中に生きているキャラクターたちが描かれている。

 

技術的失業やセーフティネットの網から抜けた弱者の貧困長期労働といったテーマは、近未来の日本が抱える問題と似ているだろう。AIの台頭によってすでに一部の職業が代替されているし、新しい種族が社会に溶け込むのは、移民によって新しい文化が流入することによる問題に近い。

 

一見すると奇抜な設定だが、通底するテーマはリアルかつシビア。近未来の日本をうまく言い表した寓話的なSF作品として読むのも面白い。ペンギンというキャラクターに置き換えることで、重苦しくなりそうな物語を中和させている。

 

同人誌のため、手に入る場所が限られているのだが、作者本人のHPで頒布の案内がされている。第一章の前半部分は無料公開中。要チェックだ。

 

nanagatsugura.com

 

 

こんな人へおススメ

・日常の中でおこるSFが読みたい人

・将来の夢に悩んでいる人

・社会派なSFが読みたい人

 

書誌情報

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書名:ペングロイド

作者:貴基文月

出版社:同人誌

出版月:2019年2月