毎年夏にはワールドコンというイベントが行われます。文字通り、世界中のSFファンが集まるイベントということで、大きく注目されています。ワールドコンはアメリカで始まったイベントで、やがて欧州に拡大し、現在は非英語圏での開催も実現しています。
SFのファン活動が世界規模に広がるのと時を同じくして、SFの舞台も多様になってきました。むろん海外を扱った小説はごまんとあるわけですが、最近ではアジア圏を舞台とする小説が増えているように感じます。パオロ・バチガルピの『ねじまき少女』や、それに影響を受けた藤井太洋の『Gene Mapper』などもありましたね。
今回取り上げる櫻木みわ『うつくしい繭』も、そんなアジアが舞台の小説。4つの場所が舞台の連作短編小説です。
東ティモール、ラオス、南インド、南西諸島をめぐる物語
筆者はゲンロンSF講座に参加されており、本作は創作講座の課題として提出された作品を改稿したものです。SF講座というだけにどんなSFかと思いましたが、SFマインドな幻想文学というほうが近いような気がします。
東ティモールを舞台とした『苦い花と甘い花』は、死者の<声>を聞くことができる少女が主人公の物語、『うつくしい繭』は友人と恋人に裏切られた女性が、ラオス滞在中に経験した仕事での出来事を描いた作品です。
舞台は移り、『マグネティック・ジャーニー』は、兄の癌を治すための薬を求めてインドへ渡った女性の物語、そして沖縄の離島で、不思議な貝をめぐる『夏光結晶』で物語は終わります。
全編を通して、南国特有のムワッとした熱気が、文章から沸き立っているようです。語り口は平易ながら優雅で、そこに住んでいる人々の暮らしぶりを的確に切り取っています。特に秀逸なのは、全ての作品で描写されている食事のシーン。カスタード入りのポルトガルのお菓子、ハーブをふんだんに使ったラオス料理、スパイス香り立つマトンやビリヤニから、サイゼリヤのフォッカチオまで。グッと引き込まれるような表現が見事ですね。
『SCI-FIRE 2018』に収録されていた短編でも食事が物語のキモになっていたので、意識されて書かれているのでしょうね。
過去は今を作り、今は未来を作る
4つの短編はそれぞれ独立しており、直接的な繋がりはないのですが、過去の出来事が今と繋がっているという点で共通しています(一部の物語は、過去の出来事を共有しています)。彼女たちは悩みやわだかまりを抱えながら、そうしたものに向き合う術もないまま過ごしていました。
『夏光結晶』に登場する珠や、『うつくしい繭』のコクーン・ルームは、過去を再構築し、向き合うための媒体として存在しています。過去もまた、今の私を作る礎となり、そして彼女たちの行く末を決める。物語はそんな結末を迎えます。
うつくしい心の旅が描かれた作品といえるでしょう。GWは終わりましたが、夏休みの旅行計画に加えてみてはいかがでしょうか?
書名:うつくしい繭
著者:櫻木みわ
出版社:講談社
出版月:2018年12月