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若手向けのSF情報同人誌『SFG』を発行しています。webではSFに関する話題やイベント情報などを発信していきます。

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東京創元社の抱える豪華SF作家陣が集結―『GENESIS 一万年の午後 創元日本SFアンソロジー』

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SFアンソロジーは数多く、国内外を問わず、毎年さまざまな作品が刊行されています。中でも有名なのは『年間日本SF傑作選』『NOVA』。そんなSFアンソロジーの中に、また一つ新しいシリーズが生まれました。

 

東京創元社が、自社の新人賞デビュー作家を中心に編んだのが、この『GENESIS』です。「創世記」を意味する言葉をタイトルに冠するところに、東京創元社の自信が伺えますね。

 

繰り返しが終わるとき『一万年の午後』


まずトップを飾るのは、久永実木彦デビュー後二作目の作品となる『一万年の午後』。

 

人に似せて作られたロボットたちはどこか遠い惑星に降り立ち、その星にいる種族を観察しています。それが彼らに与えられた唯一の任務。人類はすでに滅亡してしまったようですが、ロボットたちにとっては、関係のないことです。

 

ただひたすらに観察を繰り返す、同じ毎日の繰り返し。それこそが正しいはずだったのに、些細なきっかけから全てが狂っていくのでした。

 

「特別を作らない」というのが、彼らにとっての絶対的な基準。一方、私たち人間は特別であることを望みながら生きています。特別であることに苦悩するロボットを通して、私たちの在り方を読み解くことができるでしょう。

 

怪獣が降る国・ニッポン『ビースト・ストランディング』


重量上げならぬ、怪獣上げというスポーツが競技として成立した日本を舞台とするのが、高山羽根子『ビースト・ストランディング』です。怪獣上げという新しい概念を生み出しただけで、この作品の価値はあるでしょう。

 

怪獣(フェノメナ)を持ち上げるには、単純に力まかせでは上手くいきません。その怪獣の習性や特徴を観察し、もっとも最適なタイミングで持ち上げる必要があるのです。競技としてプレイするなら、より多くの戦略性が求められます。

 

ただ、競技化に至るまでの道は険しく、反対運動もあります。そもそもこの世界に現れる怪獣が一体何なのかすらよく分かっておらず、様々な説があるというのが現状ということです。

 

世界観は面白かったのですが、物語の展開は「怪獣」を存在とは何なのかを問う物語となっており、怪獣上げとの絡みが薄かったような気がします。もう少しスポーツ的な部分も見たかったというのが本音でした。続きに期待しましょう。

 

宇宙に最も近い町で起こる密室殺人『ホテル・アースポート』

 

宮内悠介『ホテル・アースポート』は、ミステリー短編賞に応募された作品。宇宙エレベーターで宇宙に向かう前、一泊したホテルで密室殺人が起こるというものです。

 

本作は作品全体が音楽で彩られています。宇宙エレベーターを弓に、国を走る地下鉄を弦に見立て、国全体を一つの弦楽器と言い表しました。事件の解明にも、音楽が一要素として使われています。

 

宇宙エレベーターで賑わったのも今は昔、テロの頻発によって宇宙エレベーターを使うものは減り、今はわずか数名ばかりの客を乗せて動いています。宇宙エレベーターは繁栄の証ではなく、打ち捨てられた希望の残り香

 

それは人の死ですら同じなのです。生きている間はみな知っていても、死を迎えた瞬間にその存在は過去になり、急速に失われてしまうもの。誰にも気づかれずに失われていくものに目を留め、その一瞬を切り取った一作です。

 

王女とギャングの冒険譚『ブラッド・ナイト・ノワール』

 

秋永真琴『ブラッド・ナイト・ノワール』はお忍び王女の人探しの依頼を、ギャング団の幹部が引き受けるといった、ベタベタのベタな作品なのですが、軽快に進んでいくのでテンポが良く楽しい話に仕上がっています。

 

作品のリズムを作っているのが、計算されたセリフ劇。短い短編の中に10人近くものキャラクターが登場する(今回収録作品の中では一番多い)のですが、キャラクターを口調で書き分けつつ、キャラクター同士の関係性すら書き分けてしまうのが上手ですね。

 

世界観も、短い中で独自の歴史を作り上げています。<野種>と呼ばれるヴァンパイアが繁栄した歴史と、希少種となった<人間>との関係性が、くどい説明もなく理解させるところが素晴らしいです。

 

まさかの結末が作品に余韻を残す『イヴの末裔たちの明日』

 

AIの発展による技術的失業により職を失った主人公が、唯一人間でもできるアルバイト(正式には有償ボランティア)である治験に参加するというのが松崎有理『イヴの末裔たちの明日』

 

星新一賞の受賞作と言われてもおかしくないタイプの、ユーモアたっぷりの作品でした。物語の始めでクビになった、彼女いない=年齢の冴えない無職主人公が治験で飲んだのは、「庶民の夢(運が良くなる薬)」「男の夢(モテる薬)」「人類の夢(不死身になる薬)」。そんな薬を飲んだ男の顛末が描かれていきます。

 

読んでいる途中で、「あれ、これなんか変じゃない?」と思ったシーンがあったのですが、オチでしっかり回収されていました。オチまで含めて、星新一ショートショートの正統な後継作品という風ですね。

 

再び生首を落とすまでの、主人公の苦悩『生首』

 

倉田タカシの作品は『生首』というど直球なタイトル。正直なところ、この作品はよく分かりませんでした(笑)。3回読み直したのですが。

 

物語では、自分の意思で生首を落とせるようになった主人公が、楽しくなって外でも生首を落としていたら、ある日突然落とせなくなってしまいます。まるで落とし方を忘れてしまったみたいに。そして時は経ったある日、再び生首を落とすことができたわたしは、その動作の記録を友達にお願いするのでした。

 

すみません。やっぱり分かりませんでした。

 

まあでも、そこが倉田タカシの作風なのでしょうね。読者にとっての不思議は、キャラクターにとっての普通。そのギャップも魅力なのでしょうか(本当か?)。というか、分からないのになぜか読めてしまう文章ってかなりすごいんじゃないでしょうか。

 

少女は分かりあえる友達を探す『草原のサンタ・ムエルテ』

 

宮沢伊織『草原のサンタ・ムエルテ』『神々の歩法』の続編として描かれている作品なので、できれば事前に読んでおくことをオススメします(読んでいなかった人の感想)。

 

遠宇宙から飛来した地球外生命体が人間の精神に衝突し、殺戮兵器と化した存在が誕生します。それを食い止めたのは、全身を機械化したウォーボーグ部隊(AOF)と、同じく地球外生命体に憑依されたことで超人となった少女でした。チームとなった彼らの前に、新たな憑依体が立ちはだかります。

 

冒頭の解説文で「『ウルトラセブン』の夕焼けが印象的な回を連想させる」とありますが、これは第8話「狙われた街」のことですね。たしかに、タバコやちゃぶ台を連想させるシーンに、赤く染まる戦闘シーン、そして何より最後の名ナレーションが思い出されます。

 

ニーナは人間の味方であり、AOFとの面々ともそれなりに良い関係を築いています。しかし、物語冒頭の訓練シーンからも分かる通り、両者には身体的、精神的に大きな差異があることも明らかです。ニーナは人間であって、人間ではない。そんなニーナが、自分と同じ存在(トモダチ)を探したがる理由も察しがつくでしょう。ヒーローの孤独も窺えるような一作でした。

 

現実と想像の大阪が重なり合う『10月2日を過ぎても』

 

堀晃『10月2日を過ぎても』はエッセイか私小説に近い作品ですね。2018年に大阪で頻発した自然災害と、それを経験した筆者がSFの想像力について書いています。

 

冒頭の作品解説でも但し書きがあった通り、大阪の地名が多数登場します。必須ではありませんが、地理感がある人はより楽しめると思いますね。

 

 

バリエーション豊かに展開する『GENESIS』は、シリーズとして展開されていく予定だそうです。若手、新人作家を抱える東京創元社らしく、様々に展開していってもらいたいものですね。

 

 

こんな人へおススメ

・旬なSF作家の作品を読みたい人

・気軽に読める短編を探している人

・気に入る作家を探している人

 

書誌情報

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書名:GENESIS 一万年の午後 創元日本SFアンソロジー

作者:東京創元社編

出版社:東京創元社

出版月:2018年12月