恐竜SF紹介コラムの第21号はさとうまきこの『9月0日大冒険』を紹介する。
夏休みに出かけることができなかった少年が白亜紀にタイムスリップし、同級生と共にサバイバルするジュブナイルSFである。
「きょうは八月三十一日、夏休み最後の日。まったくことしの夏休みくらい、ついてない夏休みはなかったよ。ほんと、最低。最悪。」By堀沢純
夏休み最後の日、八月三十一日を小学生の堀沢純少年は鬱屈な気持ちで迎えていた。
夏休みが始まったと思ったら喘息で寝込み、家族旅行は父親の仕事で中止、最終日に家族揃って食事に行くものの父親が仕事で遅れてしまい母親が怒り心頭と、散々な夏休みを過ごしていた。そんな純は気を紛らわすように、自身の部屋で恐竜図鑑を眺めていた。
純は眠ろうとするが眠れず十二時になってしまう。部屋にあるカレンダーをめくろうとすると、カレンダーの日付が九月0日となっており、カレンダーには「きみだけの特別な一日。さぁ、冒険に出かけよう!」と書かれていた。
不思議に思った純が窓を開けると、周囲はジャングルに覆われ、ジャングルの向こうには砂漠、さらにその先には火山が存在していた。
純は外に出ようと決め、デイパックにスケッチブック、水筒、懐中電灯、食料を詰め込んで家を出た。
ジャングルを突き進んでいくと、純は同級生の少女リコちゃんと無口なアギラにばったり出会う。
リコちゃん、アギラも夏休みにどこでも出かけることができずにいたが、二人ともカレンダーをめくると九月0日になっていたのだという。
純は空を飛ぶプテラノドンの姿を見て、自分達がいるのが一億三千五百万年前の世界、白亜紀だと気付くのだった。
「ああ、わくわくするなあ。白亜紀っていうのは恐竜の一番さかえた時代なんだ。きっと、いろんな恐竜が見られるぞ。ああ、夢みたいだなあ。この目で本物の、生きた恐竜が見られるなんて。」By堀沢純
好きな恐竜が生きている時代へタイムスリップして心躍らせた純はリコちゃん、アギラと探検を始めるが、早々に水がなくなり三人はケンカになる。その後、オルニトミムスの群れに遭遇しながらも三人は山のふもとで池を見つけて水にありついた。
純達は四苦八苦しながらも火を起こすことに成功し、時にはゴルゴサウルスから身を潜めながら探検を続けるが、白亜紀に存在しないはずのオレンジジュースの缶や、木に彫られたM・Hというイニシャルを見つける。純たちの他にも白亜紀の迷い込んだ人間がいるのだ。
先に白亜紀に迷い込んだM・Hとは何者か?純達は現代に帰還できるのだろうか?それは是非ともご自身で読んでいただきたい。
本作は1989年に刊行された児童文学で、2012年には文庫化もされた作品である。
夏休みにどこへも出かけることが出来なかった小学生の少年少女が白亜紀の世界へタイムスリップしてサバイバル生活を始めるというあらすじだ。
冒険モノでは登場人物が持ち前の才能を活かして困難を乗り切ろうとするものだが、この作品では純、リコちゃん、アギラはごく普通の小学生であり、水を巡ってケンカしたり、火を起こすのも苦労したりとそれぞれが並外れた特技を持っているわけではなく、そんな普通の少年少女が白亜紀でサバイバルしようとする姿に人間味を感じる。
普通の人々が恐竜の世界に迷い込みながらも進んでいくといった展開では2号目で紹介した竜の眠る浜辺にも通ずる作品である。
純達よりも先に白亜紀に迷い込んでいた人物、M・Hの正体はあえて語らないが、序盤から伏線は張られているため、察しの良い読者であれば気付くかもしれない。
白亜紀へタイムスリップした理由は特に明かされないものの、少年少女が白亜紀での冒険で互いに協力し合い絆を深めて成長する姿は読む進めていく内に共感することができる。
本作では多くの恐竜が登場し、オルニトミムスやトリケラトプス、パラサウロロフス、アンキロサウルス、モノクロニウス、ゴルゴサウルスや最後に立ちはだかるティラノサウルスが登場する。その他に純が初めて白亜紀で遭遇した生物としてプテラノドンや水鳥イクチオミムス(イクチオルニス)も登場し、恐竜好きな純の視点で恐竜の生態が詳しく書かれている。
純達のように夏休みにどこへも出かけることが出来なかった人、夏休みに出かけた人、大人になって夏休みが子供の時のように過ごせなくなった人に是非読んでいただき、空想の世界への冒険を堪能していただきたい。
著者のさとうまきこはベトナム戦争の脱走兵と少女の交流を描いた「絵にかくとへんな家」、いじめがテーマの「宇宙人のいる教室」、ファンタジーシリーズ「ロータスの森の伝説」などの児童文学を数多く発表している。
書名:9月0日大冒険
著者:さとうまきこ:作、田中槇子:絵
出版社:偕成社