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【恐竜SFレビュー#8】前進せよ、恐竜を食べよ!海軍ガルダ島狩竜隊

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恐竜SF紹介コラムの第8号は林譲治の小説『帝国海軍ガルダ島狩竜隊 Lost World in Garda Island』を紹介する。


太平洋戦争中に日本軍が恐竜の存在する世界に漂流したら? 架空戦記×ロストワールドな小説である。

 

「”ガルダ島のことは誰にも話すな”と我々に命じたのは、君のおじいさんである永妻少佐なんだ。よかろう。教えよう。だが、私の話を信じるかどうか、それは君の自由だ」By今野健三

 

吉祥寺にある今野病院。海軍軍医だった今野健三が始めたこの病院は吉祥寺では由緒ある病院となっていた。今野健三はもう90歳に近い年齢であったが、顧問として病院に通う日々が続いていた。

 

そんなある日、彼の元をサイエンスライターの落合弘子が訪れる。彼女は戦時中、今野と共に戦地で日々を過ごした海軍少佐・永妻昌弘の孫娘だった。


永妻少佐と今野は戦時中に赴任していたガルダ島で、ありえない経験をしていた

 

落合弘子は祖父が死ぬまで語らなかったガルダ島での真実を知るため、今野の元を訪れた。彼女から永妻少佐の遺品である写真を突き付けられて、今野は半世紀以上前に起きた出来事を語りだす。

 

その写真は日本軍軍人の集合写真だったが、彼らの背後には草食恐竜、トリケラトプスが一緒に写っていたのだ。

 

「この世界は紐でできている。世界の根元は、微細な紐の状態と振動で表現できる。」By永妻昌弘

 

ガルダ島。太平洋、ビスマルク諸島北方に位置する小島。そこに今野健三軍医少尉が足を踏み入れたのは昭和19年(1944年)1月。

 

戦況は悪化し、ガダルカナル島はアメリカ軍によって陥落。敵のラバウルへの上陸も間近と目されていた。ラバウル支援のためガルダ島に航空基地の建設が決定し、第三六九海軍設営隊の軍医少尉として今野はガルダ島に赴任した。

 

今野は医師としての矜持を持っていたが、上官である太田軍医長から、戦場では理想が通じないことを突き付けられていた。今野が永妻少佐と出会ったのは、その直後だった。

 

永妻少佐は異端の天才で海軍追放後に学者となり、学会とケンカ別れして再び軍人になる、そんな異例の経歴を持つ軍人だった。変人とも言えるような性格だったが、彼は当時の時点で宇宙は紐で出来ていると提唱していた。現代で言う「超紐理論」を考え付くような傑物だ。

 

戦況は悪化の意図を辿り、ガルダ島周辺のトラック島もアメリカ軍の空襲を受けていた。サイパン島陥落も時間の問題であり、ガルダ島は孤立しつつあった。

 

本部からはラバウルに移動するよう命じられていたが、船舶はおろか航空機すら満足に無い状態である。そんな最中に米軍機が第三六九海軍設営隊を襲撃。この空襲によって太田軍医長に破片が刺さり、負傷する。今野は太田軍医長の手術を試みるが、この島にはモルヒネやヨウ素など医療に必要な物資すら満足になく、太田軍医長は自らメスで首元を刺して命を絶った


戦場での非情さを味わった今野は太田軍医長亡き後、軍医長となった。

 

今野が軍医長となった後も戦況は変わらず、ガルダ島でも空襲が続き、第三六九海軍設営隊はサイパンが陥落したことを知る。

 

そんな中、第三六九海軍設営隊において指揮権を持つ永妻少佐は部隊員にある任務を出す。

 

それは「自活すること」であった。

 

本部から支援がない中で生きる手段は一つ。ガルダ島で自給自足を実践することだった。
周囲から孤立して無気力になりかけていた隊員たちも生きる気力を取り戻す。さらにトラック島守備隊の生存者でガルダ島に漂着した田中軍曹たちも加わって、まずは防空壕を作ることになったが、そんな折、島の地下で隊員が行方不明になる不思議な現象が起きた。

 

原因を探るため今野は地下を進んでいく。地下にあった横坑の出口を出ると、そこは「ガルダ島より大きい世界」が広がっていた。

 

それは鳥だった。しかし、やはり見たこともないような不思議な鳥。今野の錯覚でなければ、大きさは鳩ぐらいのその鳥は、大きさに比して尾が妙に長く、翼の端のほうに鉤爪が生えていた。「鳥っぽいトカゲ」とでもいえばよいだろうか。

 

洞窟の先には見慣れぬ植物が生い茂る密林が広がっていた。そこで今野は羽毛恐竜の一種と出会う。

 

永妻少佐はこの不思議な世界を自身の理論に基づいて推測した。ガルダ島は超対称世界と繋がっており、その世界は現実では絶滅したはずの恐竜や古代の生物が存在していると。

 

田中軍曹が羽毛恐竜を仕留め、隊員たち試食しても問題なかったため、永妻少佐は生き残るため、この世界の生物を狩ることを決める。こうして、ガルダ島食料調査隊が結成された。調査隊はガルダ海軍狩竜隊として再編。隊員たちは食べるため、生きるために恐竜を狩っていく。トリケラトプスやティラノサウルスを。

 


不思議なことに、この世界の恐竜は10mクラスの大型恐竜と1m以下の小型恐竜しか生息しておらず、中型恐竜はどこにも見当たらなかった。

 

ある日、ガルダ海軍狩竜隊が仕掛けた罠にかかったトリケラトプスと、それを襲おうとして相打ちになったティラノサウルスを隊員が見つける。しかし、ティラノサウルスの肉がなぜか器用に切り取られていた

 

原住民の仕業かもしれない。今野の推測を元にガルダ海軍狩竜隊は原住民に接触を試みる。しかし、今野たちの前に現れたのは羽毛を持ち槍を使う、鳥が進化したような種族だった。正体不明の種族に襲撃される今野たちだったが、そこに現れたガルダ島の原住民の救援を受けて難を逃れる。

 

この世界ではクワックゥという種族が知的生命体として生態系の頂点に立ち、中型恐竜を狩り続けた結果、絶滅させたというのだ。クワックゥは次に大型恐竜を狩り、やがては原住民を狙い始めた。

 

ガルダ海軍狩竜隊はどうやってロストワールドな世界から生還したのか? クワックゥとの決着はどうなるのか? なぜ、恐竜が存在する世界が残っていたのか? 原住民は何者なのか? 様々な疑問が終盤に向けて収束し、解明されていく怒涛の展開となっている。

 


ロストワールドに迷い込んだ日本軍のサバイバルを描いた本作で、恐竜を狩るのは武勇のためではなく単純に「食べる」ため。シンプルな理由だが、生きるためには食べなければならない。生き残るために必要という考えのもと、ガルダ海軍狩竜隊は恐竜を狩り、食べる。

 

恐竜が実際にどんな味であったかは現代の科学でも解明できていないが、本作ではティラノサウルスは鶏肉と食用蛙の中間で、トリケラトプスは食用に向いていないと書かれている。恐竜の味の探求はセンス・オブ・ワンダーだ。物語はガルダ海軍狩竜隊のサバイバルから、終盤には鳥人クワックゥとの戦いにシフトし、原住民の正体などが明かされるとタイムトラベルSFの様相を見せてくる。架空戦記×ロストワールドと今までにない食い合わせで珍味的な作品だが、中身はハードSFの趣のある小説だ。


著者の林譲治は本書の他に真珠湾攻撃が中止になった世界が舞台の『蝕・太平洋戦争』などの多くの架空戦記、SF小説では22世紀を舞台にしたファーストコンタクトSFシリーズ、『AADD』シリーズやミリタリーSF『星系出雲の兵站』など、ハードSFを中心に書いている。本作は、帝国海軍ガルダ島狩竜隊は著者が得意とする架空戦記とハードSFを両立させた一作である。

 

 

 

作品情報

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作品名:帝国海軍ガルダ島狩竜隊 Lost World in Garda Island

作者:林譲治

出版年:2003年

出版社:学習研究社