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【ラヴクラフト振興会】クトゥルフで学ぶ英文読解 #3

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某駅ビルの書店で、新潮社から8月に発売された『インスマスの影―クトゥルー神話傑作選―』が面陳されていたのを見かけた。ラヴクラフトの新訳が文庫で読めるのは喜ばしい限りだ。「ダゴン」が未収録なのは残念だが、次巻(あるのか?)に期待したい。

 

さて、前回は主人公がドイツ軍からなんとか逃げ出したところで終わった。しかし、彼の不運はこれからが本番である。

 

原文


When I finally found myself adrift and free, I had but little idea of my surroundings. Never a competent navigator, I could only guess vaguely by the sun and stars that I was somewhat south of the equator. Of the longitude I knew nothing, and no island or coast-line was in sight. The weather kept fair, and for uncounted days I drifted aimlessly beneath the scorching sun; waiting either for some passing ship, or to be cast on the shores of some habitable land. But neither ship nor land appeared, and I began to despair in my solitude upon the heaving vastnesses of unbroken blue.

The change happened whilst I slept. Its details I shall never know; for my slumber, though troubled and dream-infested, was continuous. When at last I awaked, it was to discover myself half sucked into a slimy expanse of hellish black mire which extended about me in monotonous undulations as far as I could see, and in which my boat lay grounded some distance away.

 

出典:wikisource https://en.wikisource.org/wiki/Dagon

下線部は作者による

 

語釈

adrift 漂って
competent 有能な
navigator 航海士
equator 赤道
longitude 経度
fair 好天の
uncounted 無数の
aimlessly 目的もなく
scorching 焼けつくように暑い
passing 通りがかりの
be cast on the shores 漂着して岸に打ち上げられる
solitude 孤独
the heaving vastness of unbroken blue 果てしない海のうねりしか見えない広大さ、くらいの意味。
infest 荒らしまわる、はびこる
suck 飲み込む、巻き込む
slimy ねばねばした
expanse 広がり
hellish = very
mire ぬかるみ、泥
monotonous 単調な
undulation ゆるやかな起伏
ground 座礁する

 

解説

最初の下線部、I had but little idea of my surroundings.について、butを見たことがない高校生はいないだろうが、「しかし」としては意味不明だし、文の構造からもこのbutを接続詞として解釈するのが無理なのは明らかである。ここのbutは副詞で、「ほんの、ただ」(=only)の意味だ。『ロイヤル英文法』の55ページには、「There is but one answer to your question.」という例文が載っている。なお、同書の294ページには、but littleが「ほんの少ししかない」という意味の慣用表現として紹介されているが、「副詞のbutもある」と覚えた方が応用が効くだろう。

 

ロングフェロー(アメリカの詩人)の『人生の詩篇』第一連に出てくるbutも副詞である。

 

Tell me not, in mournful numbers,
“Life is but an empty dream!”
For the soul is dead that slumbers,
And things are not what they seem.

我に語るなかれ、悲しげな詩篇にて、
人生はただ一つの虚しい夢なりと。
なぜなら 眠っている魂は死んでいる、
そして 物事は思われている通りではないからだ。
(手島郁郎訳)

 

 

なぜ突然これを引用したかというと、三行目のfor(接続詞、下記参照)とslumber(眠る、まどろむ)が二番目の下線部for my slumber, though troubled and dream-infested, was continuous.にも出てきて、なんとなく話がつながるからだ。

 

butと同様、forを見たことがない高校生もいないだろうが、forを接続詞として使う用法があることは案外盲点だと思われる。このforは主節(ここではIts details I shall never know)を補足して、「というのは〜だからだ」という意味だ。挿入句のthough troubled and dream-infestedを一旦無視すれば、Its details I shall never know; for my slumber was continuous.となり、「詳細は分からない、というのは、ずっと眠っていたからだ。」と明確に意味がとれる。なお、ここのslumberは言うまでもなく名詞(眠り、まどろみ)である。

 

ところで、ロイヤル英文法の598ページには、このforについて、「文語的で、物語などには出てきても、くだけた言い方では今ではほとんど使われない。」とあるが、仕事関係のメールや書類にも意外によく出てくる気がするので油断できない。

 

最後の下線部は、which extended about meである。aboutを見たことがない高校生はいないだろうが、脊髄反射的に「〜に関して」とするのは考えもので、億劫がらずに辞書を引けば、「〜の周りに」とすべきことが容易に分かるだろう。本文に即して言えば、目を覚ますと、真っ黒な泥だかぬかるみだかがいきなり自分の周りに広がっているわけで、これがクトゥルフ神話TRPGなら確実に正気度チェックが入るであろう。

 

今回の教訓は、but, for, aboutなど見覚えがある単語でも、注意しないと文の意味が取れないということだろうか。こまめに辞書を引きたいものだ。

 

日本語訳

 ようやく自由に、そして漂流する身となったが、自分がどこにいるのか、まったく分からない。優れた航海士ではなかったので、太陽と星の位置から、赤道のやや南にいるとなんとなく推測するしかできなかった。緯度についてはまったく分からず、島や海岸線はどこにも見えない。晴れた日がつづき、焼けつくような太陽の下、何日もあてどなく漂流した。通りすがりの船か、人が住める陸地の岸に打ち上げられるのを待っていた。しかし船も陸地も見えてこず、果てしない海の広大なうねりの中に孤立している状態に絶望を感じ始めた。

 状況が変わったのは、寝ている間だった。何が起きたか、詳しくはわからない。というのも、夢にうなされ、よく眠れなかったとはいえ、ずっとまどろんでいたからだ。ようやく目が覚めると、真っ黒な泥のネバネバしたなかに半身が飲み込まれていた。見渡すかぎり、そのぬかるみは単調な起伏としてまわりに広がっていた。少し離れたところに、ボートが乗り上げていた。

 

出典:青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/001699/files/57443_58144.html