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若手向けのSF情報同人誌『SFG』を発行しています。webではSFに関する話題やイベント情報などを発信していきます。

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本物の私とニセモノの私。それでも心は繋がっている―つばな『見かけの二重星 完全版』

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最近私の家に、連載漫画の1巻だけが大量に溜まってきています。

 

理由は単純です。このサークルでは『SFG』という同人誌を作っていますが、そこには最新のSF情報を載せています。そんなわけで自然と新作を読むようになるのですが、問題なのは続きを読む時間がないこと。そうこうしているうちに次の新作が出てきて読めないまま次の新作を読む……。なんてことが続いたせいで、漫画は1巻しか買わなくなってしまいました。困った。

あ、それなら読み切り漫画を買えばいいのでは?


というわけで紹介するのが、ついに完全版登場!つばな『見かけの二重星 完全版』でございます。

 

いやーつばなの時代がついに来ましたね。


今連載中の『惑星クローゼット』が1巻から百合SFを前面に押し出していることもあり、昨今の百合SFブームに乗ってつばなの評価が高まっています(と私は信じています)。

 

これを機につばなを布教していきたいと思っていたのですが、何を薦めるかが結構問題でした。『第七女子会彷徨』百合SFの傑作かつ王道ですが巻数がやや多く、逆に『バベルの図書館』は1巻完結ですが内容がかなり重い。そう考えると、1巻完結で読みやすい『見かけの二重星』はつばな作品の最初の一冊に最適なのですが、やはり8年も前の作品ともなるとどうしても手に入りにくかったのです。そうした中で完全版が出るということで、これは僥倖といえるでしょう。

 

コメディチックな展開から始まるも……


天才科学者の実験に付き合ったばかりに、二人に分裂してしまった高校生・白樺綾子が主人公。分裂したせいで、ご飯は一人しか食べられない学校には交互にしか行けないし、憧れの先輩とのデートには片方しか行けない。そんな風に、序盤はコメディ的な展開が続きます。飄々としたセリフ回しにシンプルな線画で、すんなり入れるでしょう。

 

ところが、分裂した方の私はそもそも人間ですらない、完全なる「ニセモノ」だと明かされて、物語は一転。「オリジナル」の私にとって、「ニセモノ」は人生を奪いかねない存在に変わってしまいます。


この転換は唐突でした。何とかうまくやっていけそうだなと思っていた矢先の出来事で、一気に物語が進みます。ここに至るまでの伏線も、その後の少し不気味さを感じさせる作画も見事で、つばな作品らしい味のある展開です。

 

私とは何か。「オリジナル」の私は「ニセモノ」の存在をどう受け入れるのか。その答えが出たところで、物語の前半が終わります。

 

心のありかに言及する後半 

 

さて、前半が「オリジナル」の物語だとすれば、後半は「ニセモノ」の物語です。

 

「オリジナル」と「ニセモノ」を繋ぐのは、今は亡き姉への想いでした。後半、「ニセモノ」は姉が死ぬ3日前の時間軸に飛ばされてしまいます。「ニセモノ」の私の姿は人間には見えないのですが、なぜか姉だけには見えていました。

 

「ニセモノ」の私は姉の死ぬ過去を改変しようと試みますが、当の姉は自分が死ぬことを知っている風にも関わらず、それを受け入れようとしています。

 

一緒に過去にやってきた天才によると、過去はガチガチに固まっていて、容易に変えることはできないそう。しかし、分裂によってもう一人の姉を作ることができれば、過去の事実を変えることなく姉の存在を維持できるわけです。

 

ここで「ニセモノ」もまた、「オリジナル」と同じく、私とは何かという問いに向かい合うのです。私の中にある心は本当に「ニセモノ」なのか。その問いの答えとして、「ニセモノ」の私はある決断を下します。このセンチメンタリズムもまた、つばな作品の魅力ですね。少々トボけたオチになりつつ、希望あふれたラストで〆ています。

 

旧版既読者も完全版で2倍楽しめる


今回出版された完全版は、カラー、描き下ろし短編を含め、細かく加筆修正されています。8年間で画風も少し変わり、目が少し大きく、より可愛らしく表情豊かなキャラに描き変えられていました。背景の描き込みも増え、コマ全てを描き変えている部分もあって、より読みやすい作品に変わっています。旧版を持っている人は並べて読むとよいでしょう。

 

描き下ろし短編の『見かけの二重星 パラレル』では、物語としては終わっても、私の物語はこれからも続いていくことを示唆しています。これから先、私がどのような物語を辿るのか想像するのも面白いですね。

 

タイトルの「見かけの二重星」とは、地球から見ると同じ方角に見えるが、実際には遠く離れていてお互いに影響を及ぼさない二つの星のこと。物語の最後に下される決断を、タイトルがうまく言い表しています。ほどよい余韻が気持ちの良い作品です。

 

こんな人へおススメ

・すこし不思議なSFが好きな人

・青春の物語が読みたい人

・石黒正数のファン

 

 

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書名:『見かけの二重星 完全版』

作者:つばな

出版社:幻冬舎

出版月:2019年4月